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September 0992007

 颱風へ固めし家に児のピアノ

                           松本 進

摩川のほとり、大田区の西六郷に住んでいた頃、台風が来るというと、父親は釘と板を持って家を外から打ち付けたものでした。ある年、ちょうど家の改築をしている時に大きな台風がやってきて、強い風に家が揺れ、蒲団の中で一晩中恐い思いをしたことがあります。掲句の家庭にとっては、まだそれほど状況は差し迫ってはいないようです。台風に備えて準備を終えた家の中で、子供が平然とピアノを弾いています。狭い日本家屋の、畳の一室にどんと置かれているピアノが目に浮かぶようです。この日は台風の襲来を前に、窓を閉め、更に雨戸を閉め、外部への隙間という隙間を埋めたわけです。完璧に外の物音を遮断した中で、ピアノの音が逃げ場もなく、部屋の内壁に響き渡っています。流麗にショパンでも弾いてくれるのならともかく、ミスタッチを繰り返すバイエルをえんえんと聴かされるのは、家族とはいえ忍耐が要ります。それでも、数日後にレッスンが予定されているのなら、台風が来ていようと、子供にとってその日の練習は欠かせません。ピアノのおさらいという「日常」に、時を選ばず襲ってくる「日常の外」としての颱風。その対比が句を、奥深いものにさせています。『角川俳句大歳時記 秋』(2006・角川書店)所載。(松下育男)




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